たぶん第1話

8/15
前へ
/15ページ
次へ
  「あだだだだ……!」 「は・な・れ・ろ――変態!」  右手が人生初の全力を発揮する。  俺の指はこんな力を秘めていたのかと、驚くほどの全力だ。 「イヤッ! 離れない! むしろ離さないで!」 「やかましいわ、変態痴女が!」  ぐいぐいと、頭を掴む手を前方に押し出して行く。  仰け反ろうとする上体に、そいつは首だけで抗っていた。 「す、好きにしていいのよ? あたしと愉しい事しましょうよ! むしろあたしで愉んで……?!」  体を引きはがされて、美少女の両手がワキワキと空をかく。  その時、車内を大きな揺れが襲った。  電車が駅に到着したようだ。  遠心力に引っ張られて、美少女が俺の腕に倒れ込んで来る。 「あぁん!」  あられもない声を上げながら、そいつは素早く俺の体にしがみついた。  両手と両足を絡ませて、大木にしがみつくコアラのように密着する。 「はなれろぉおおお~!!」 「はなすもんかぁあああああ~!!」  ざっと周囲の人々が一斉に後退った。  そのせいで、俺を中心に不自然な空白地帯が出来上がる。  先ほどまですし詰めだった車内が、嘘のような過疎っぷりだ。  違う! 誤解だ!  四方八方から突き刺さる、冷たい視線に冷や汗が滲み出る。  今の俺は世間的に見れば、彼女に裸エプロン姿で電車に乗るように強要した挙げ句、無情にも捨てようとしている最低な男である。  それ以外の何者にも見えませんよね、状況的に。  そして開かれた扉から車内に流れ込んで来る、駅職員と警察官の姿。 「ちょっと話をしようか」  あ、詰んだ。
/15ページ

最初のコメントを投稿しよう!

14人が本棚に入れています
本棚に追加