#1 爽子

10/14
前へ
/15ページ
次へ
「守るために……」 触れることを諦め、そっと支えている――隆雄が言ったことを反芻しながら、もう一度爽子は硝子の表面を撫でた。 金魚は水から出たら死んでしまう。 決して火の鳥のように羽ばたくことはない。 繊細すぎる硝子の金魚はそれひとつで立つことも出来ないし、きっと触れたら壊れてしまう。 だから見えない膜で包み込んで。 「深い愛を感じますね」 「……ええ。素敵だわ。この玉は明仁さんの優しさなのね」 隆雄は何も返事をしなかった。 何か間違ったことを言ってしまっただろうか、と、爽子は彼を窺ったが、俯いた顔は影になっていてよく見えない。 風が吹いてまた風鈴が音を奏で、隣に吊るされた金魚はその音に驚いたように水面を揺らした。 蚊取り線香の灰が、静かに落ちる。 「隆雄さん……大丈夫なのですか? ここにいらして」 時間の経過がよく分からなかった。 隆雄と並んで話すこの時間が終わってしまうのは淋しいが、祭りの途中で抜けて来たのなら彼も持ち場に戻らなければならないかもしれない。 彼は花火師だ。 祭りの終盤に上がる花火の準備や打ち上げを担うのではないだろうか。 「爽子さん、僕は」 俯いたまま隆雄が口を開いた瞬間だった。 どん、と腹に響く大きな音を轟かせ、一発目の花火が空に舞った。 途端、追う様にして歓声が届く。 遠いような近いような祭りの喧騒が、二人の静かな時間を遮った。
/15ページ

最初のコメントを投稿しよう!

25人が本棚に入れています
本棚に追加