#1 爽子

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「まあ……始まってしまいました。隆雄さん、立ち会わなくてよろしかったのですか?」 大輪の花が散っていく残り火に見惚れていた爽子は、漸く我に返ったようにそう尋ねた。 ゆっくりと顔を上げた隆雄は、穏やかな笑みを湛えて首を横に振る。 「いいのです。初めから僕は、爽子さんと一緒に花火を見るためにここへ参りましたから」 どくんと跳ねた胸の音を誤魔化すように、爽子はすぐに夜空へ視線を戻した。 心臓の音も赤らんだかもしれない顔色も、きっと次々に上がる花火が隠してくれるに違いない。 風鈴の隣に吊るされた小さな袋の中の囚われの金魚が、割り箸の先から今にも飛び立ちそうな聡次郎の力強い金魚が、硝子の殻に優しく守られた明仁の繊細な金魚が、そろって夜空を見上げている。 打ちあがる花火を、空に舞い散る花を。 「綺麗ですね……」 「お好きですか?」 「ええ、とても」 隆雄の花火はどれだろうか。 それとも、打ち上げに立ち会わずここにいるということは、今回の花火には彼の作品は参加していないのだろうか。 爽子にはよく分からない世界だった。 彼の住む世界には家の檻があるのかないのか、彼は元から自由だったのか、逃げて来たのか、未だに闘っているのか。 心配がさした。 だがそれでも、夜空を彩る花たちからは目が逸らせない。 風に乗って流れてくる火薬の匂いが余計に気持ちを高揚させた。 その高まる気持ちが何なのか、爽子は知らない。 初めて感じるものだった。
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