#1 爽子

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爽子の心はざわついていた。 お家に囚われることのない自由な次男坊であるはずの聡次郎の、一体どこにこの男を心配させる要素があったのだろう。 それとももしや自分は、酷い思い違いをしていたのではないだろうか。 そう考えると、爽子は自分の立場から見える側面にしか目を向けていなかったことに気が付いてしまった。 「ご存知ありませんでしたか? 彼は一時苦しんでいました、自分はあの家には不要な子なのだと。しかし、どうやらもう吹っ切れたようです」 言い終った時には、隆雄は優しい笑顔を浮かべていた。 済んだことだから、もう大丈夫だとでも言い聞かせるように。 だが爽子は、自分本位で聡次郎の苦しみに気付いてやれなかったことを恥じて俯いた。 この小さな街の、堅くて古い忌まわしい風習が苦しめるのは、何も一人っ子や第一子だけではないのだ。 そしてその鎖に苦しめられているのは、女だけでも決してない。 「爽子さん、ちゃんと見てやってください。今の聡次郎が気持ちを込めて作ったものを。彼が苦しみながらこれを作ったように見えますか?」 言われ、爽子はもう一度しっかりと顔を上げ、届けられた聡次郎の飴細工をまじまじと見つめる。 「金魚なのに……」と小さく呟いて、それからくすりと笑いを漏らした。 割り箸の先端から今にも飛び出していきそうなそれは、まるで翼を広げた火の鳥のようだった。 大胆で力強く、そして美しい。 爽子が知る聡次郎にしか作ることの出来ないひと品である。 「いいえ、素晴らしいわ。私、聡次郎と言う友達を持ったことを誇りに思います」
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