#1 爽子

9/14
前へ
/15ページ
次へ
隆雄はまたふわりと微笑んだ。 自分より少し大人な彼の、この包み込むような笑顔に爽子はいつも安心感を覚える。 子どもの頃から信頼し懐いていたこの男を、だが両親が、野蛮な職の息子だと蔑んでいるのもまた事実であった。 「では次を」 「まだあるのですか?」 くすくすと笑いながら、爽子は次を待った。 隆雄が取り出したのは、彼女の小さな手のひらにもすっぽりと収まるくらいの丸い硝子玉である。 「ああ……明仁さんね」 爽子は呟き、玉の表面をそっと撫でた。 いつもの繊細さ剥き出しの、触れたら壊れそうな、こちらも怪我をしそうな棘は球体の中に隠されていた。 だが中にあるのは確かに、普段の明仁そのものの脆さと儚さを兼ね揃えた精巧なものである。 「明仁さんも金魚を閉じ込めたのね……」 手の中の硝子玉は確かに美しく見事な逸品である。 だが爽子は、透明な殻に守られた傷付きやすい中身に直接触れられないことが哀しくてならなかった。 「金魚はどうやっても立たせられませんから、必要だったのでしょう。立たせるために台座を付けるのは彼にとって不本意だったのかもしれませんね。それは金魚本来の姿ではありませんから」 隆雄が言おうとしていること、明仁がこの玉に込めた思いをどうにか理解しようと、爽子は懸命に耳を傾けた。 「彼はこの美しい金魚を守るために、直接触れることを諦めたんですよ。閉じ込めているように見えますか? いいえ、彼は守っているのです。そしてそっと目立たないように支えている」
/15ページ

最初のコメントを投稿しよう!

25人が本棚に入れています
本棚に追加