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「…………という訳さ」
同僚の本間優太朗は、ビールを空にしてから煙草をつけた。
瀬川先輩が人事異動で他県に行く事になった。
その送別会の二次会で本間が隣に座り、彼が小声で口にした話題は、こうだ。
「瀬川先輩の奥さんはセミ女って噂だ。セミの化身だそうだ。去年の今頃は瀬川さんは誰とも交際してなかった」
「えっ? セミの化身って……」
僕はギョッとして二の句を告げられなかった。
「それが、今年になって突然、入籍の届けを出した。間もなく子供が産まれるらしい。結婚式も披露宴も無しだ。何故か? 奥さんは、人前に出せないセミの顔だからだ」
本間は涼しい顔で灰皿を引き寄せながら
「ミーン ミンミンミンミン……」
とセミの鳴き真似をした。
「そんな! 嘘だろ? 脅かしっこなしだ。こんな奇想天外な話は聞いたことがない」
僕は、セミの顔を思い浮かべて身震いした。
本間は酔っぱらった勢いで、でまかせを……いや、作り話で怖がらせを楽しんでいるのだ。そうに違いない。
「ああ。俺も信じられないよ。セミ女が実際に居たなんて」
「おい、噂だろ? そういう言い方やめてくれよ。怖いよ。あれだ。新手の都市伝説ってやつじゃないのか?」
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