セミ女

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「ああ。その噂が広まって、終電の最後尾車両の乗客が増えたそうだ」 「何故?」 「スリルを求めてだろう。怖いもの見たさってやつだ。瀬川先輩は終電でセミ女に出逢ったらしい。瀬川さんは、誰かから、この話を聞いて、わざわざ終電を選んでチャンスを待った。そして実際に出くわした」 「いや、噂なんだろ? 本間の言い方は断定的だ」 「うん。まあな。聞いた話だしな。なんなら瀬川先輩に直接、聞いてみればいい。真坂は帰りの方向が瀬川さんと同じじゃなかったか?」 その機会は、意外に早く訪れた。 瀬川さんは主賓であるにも関わらず、三次会を辞退して終電で帰ると幹事に告げたのだ。 ホームで電車を待つ間、瀬川さんは取引の成功談と失敗談を手短かに話してくれた。やがてプライベートに話が及ぶ。 「引っ越しの準備があるんだ。妻は妊娠中だからね。俺が帰らないと、ひとりで無理をしかねない」 瀬川さんの思いやりと労りは心からのものだと感じた。 電車が入って来た。 そんな瀬川さんに「奥さんはセミ女なんですか?」などと訊いて良いものか。 乗客の半分ぐらいが入れ替わる。 なんだか自分がひどく軽薄で下世話な人間のように思えて来た。 だが、この機会を逃せば、恐らく真相を確かめるチャンスを失う。 瀬川さんに言下に否定して貰えば済む話だ。 そう思い切って、僕は電車の吊革を掴むや直ぐに、その事を尋ねてみた。
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