第1章

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いや、あった。ホセが答えるとは思えないが、気まぐれをおこさないとも限らない。 「メリーか?」 「なにがだ」 「タイミングがよすぎる。それとも何時間もあんなところで待ってたのか」 「それほど暇人じゃない」 「彼女がおまえに知らせたんだな」 「好きなように考えておけよ。ただな、ひとつだけ忠告しておく。母親以外の女をあんまり信用しないほうがいい」 「ありがたい忠告だな。だが、おまえにそんな素敵なママがいるとは思わなかったよ」 「はっ! 母親は誰にでもいるもんだぜ、絶対にな」 わたしのことを売ったのが女だということはわかった。 だが、メリーだという確信は持てない。 それは今後調べてみなければわからない。わたしに「今後」があればだが。 ホセの忠告は間違ってはいないが、100%正しいというわけでもない。 子供のことを平気で裏切る母親もいる。 私の素敵なママのように。 「おい、デブ! おまえにも優しいママはいるんだろう?」 私は巨大な運転手に話しかけた。 身の上話を聞きたかったわけではない。彼の反応を確かめたかった。 彼はぴくりとも動かなかった。左耳がかすかに動いたように見えたが、気のせいかもしれない。 「聞こえなかったのか、それともモンゴルから日本についたばかりなのか? おまえはモンゴル相撲の横綱か?」 なんの反応もない。デブと呼ばれてなんの反応もしないデブ。要注意だ。 反応したのはホセだった。 「少し黙ってろ」 元世界ランカーのショートフックが、私の右脇腹にめり込んだ。私は身体を折って苦痛に耐えた。 私のおしゃべりは、私が無傷で帰れる可能性がゼロだということを確認しただけで終わった。 右脇腹の痛みがやわらいできたころ宇佐美が住んでいる場所に着いた。 何度来ても”家”と呼ぶ気にはなれない。多くの人のため息と、涙と、怒りと、そして血で造られたそれは”要塞”と呼ぶのがふさわしい。
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