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連れて行かれたのは宇佐美の書斎だった。彼からの仕事の依頼はいつもこの部屋で受ける。この部屋以外、わたしが足を踏み入れたことがある場所はない。
今夜は違う場所に行けるかもしれない。望んでいるわけではないが、例えば地下牢とか。あるいは死体置き場とか。そんな場所があるかどうかは知らないが、あっても驚かない。
しかし、この部屋の次に行く場所が死体置き場だったとしたら、わたしには驚くこともできない。
宇佐美は地元では最大手の建設会社の会長だ。社長の椅子は数年前に娘婿に譲っている。会社は、二部だが東京証券取引所に上場している。
彼の表の肩書は、上場会社の会長職だ。名刺にもそう書かれている。
裏の肩書は特にない。”裏”があることを知っている人間は限られていて、もちろん”裏”の名刺などというものは存在しない。
ホセや小板橋といった連中が名刺代わりだ。
「座ってください」
宇佐美が穏やかな声と優雅な仕草で、わたしにソファを勧めた。わたしは宇佐美と向き合って座った。ホセはわたしの背後、小板橋は宇佐美の横に立っている。
「こんな夜中にお呼びたてして申し訳ない。なにか飲み物は?」
「安い焼酎を浴びるほど飲んできました。飲み物はいりません。それよりも、自分のベッドで寝かせてもらいたいですね。必要であれば、明日また出直してきます。自分の車に乗って」
「残念ですが、そういうわけにはいかないのですよ、セバスチャン」
「なぜです?」
「おや? あなたにはこのご招待の意味はとっくにわかっていると思っていたのですが、最初から説明したほうがよろしいですか?」
「そうしていただければありがたい。その前に後ろにいるボクサーに、物騒なものをしまうようにおっしゃっていただけませんか。気になって話に集中できません」
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