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「ホセ、しまいなさい」
「いいんですか?」
「この人はそんなに馬鹿じゃない。この状況で私の許可なくここから出ていけるとは思ってはいないよ。そうでしょ?」
最後の言葉は私に向けられたものだが、黙っていた。たしかに宇佐美の許可なくこの部屋から出ていくのは難しい。しかし、万に一つのチャンスがあれば試してはみる。私は宇佐美が思っているほど、利口な男ではないのだ。
「さあ、しまいなさい」
彼がもう一度そう言うと、ホセが拳銃をホルスターにしまう気配がした。ホセの不機嫌な顔が頭に浮かんだ。振り返ってそれを確かめることはしなかった。
「これで話に集中することができるでしょう?」
「ええ」
「それではさっそく本題にはいりましょうか。冴子はどうしました?」
「知りません」
もちろん知っていた。およそ8時間前までは一緒にいたのだから。その時点で、彼女は私が偽名でチェックインした、池袋のビジネスホテルの部屋にいた。今頃はベッドですやすやと眠っているかもしれない。ただ、女を100%信用するのは危険だ。ボクサー崩れに言われるまでもなく、そんなことはわかっている。
彼女が、今ホノルルに向かう飛行機の中ですやすや眠っていてもおかしくはない。隣には私の知らない男が座っていて彼女の手を握っている。
「それはおかしいですね、あなたは彼女を見つけたはずだ」
「いいえ、見つけてはいません」
「本当に?」
「本当です」
冴子をここに連れてこなかった以上そう言うしかない。問題は、私がいつまでそう言い張っていられるかだ。
私は車の中で受けたホセのパンチを思い出した。あれは手加減をしていたはずだ。
「私はあなたの身体を傷つけたくはないのですよ、セブ」
宇佐美が私を愛称で呼んだ。なぜだかはわからない。
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