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彼女は退屈していた。
騎士である彼女は、公国のためにと国を出て、隣国(と言っても山を三つ越えた先にある)へ行って様々な訓練を積んだ。
初めは女ということでバカにされ、苦汁をなめたが、いつしかそこで最強の騎士になっていた。
それからは誰も彼女をバカにするものなどおらず、彼女も公国のために戦えるチカラをつけた自信があった。
だが、公国はその立地から、滅多に敵から攻められることはなかった。
あるとすればダイアウルフやゴブリンなどの、下位の魔物が時折入ってくるくらいのものだ。
騎士として、戦闘技術、知識、そして闘争心を育んだ彼女からすれば、退屈ーーその二文字につきた。
決して、公国が窮地に立てばいいだとか、戦争が起きればいいと考えているわけではない。
彼女も騎士が、軍が退屈しているほど、国は平和であると理解している。
ただ、彼女の中に生まれた鬼は、血を、戦いを、いつでも求めていた。
そんなある日、彼女がたまたま門番をしていると、すでに使われていない森の街道から人が現れた。
通常ならば駆け寄るところだが、魔物のいる旧街道を無傷で、その上見たこともない服を纏う青年には、誰も駆け寄ったりしないだろう。
「そこの者、止まれ」
彼女は風の魔法を用いて、声を低くし、青年を制した。
公国の騎士団の鎧は、全身をくまなく覆い、背にマントを背負うものであるため、声が低くては誰も"彼女"であるとは分からない。
「はい?」
(……なんという魔力だ)
青年から漂うそれは全く異質なものだった。
彼女は隣国にいる間、サイクロプスやキメラなど、高位の魔物とも戦い、斃してきた。
だが門の下にきょとんと立つ青年は、そのどれよりも強大な魔力を放っていた。
「貴様、何者だ。森を生身で……無傷で抜けてくるとは、魔物の類か」
「いえ、頭の先からつま先まで、(自称)人間です」
嘘だ。
彼女はそう直感した。
壁に立てかけてあった、身を隠すほどの大盾から黄色の玉を取り、真上に投げる。
それは空中で弾け、黄色い雲を作った。
緊急戦闘の合図だ。
彼女は腰の長剣を抜き、飛び降りる。
両手で武器を振るう彼女にとって、大盾はただの鉄塊だ。
落下の勢いと自身の腕力で、青年に向けて長剣を振り抜く。
轟音と共に大地に5メートルほどの亀裂が走った。
しかし、彼女の手には手応えはなかった。
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