農耕・狩猟の国 フリア公国

2/15
前へ
/116ページ
次へ
彼女は退屈していた。 騎士である彼女は、公国のためにと国を出て、隣国(と言っても山を三つ越えた先にある)へ行って様々な訓練を積んだ。 初めは女ということでバカにされ、苦汁をなめたが、いつしかそこで最強の騎士になっていた。 それからは誰も彼女をバカにするものなどおらず、彼女も公国のために戦えるチカラをつけた自信があった。 だが、公国はその立地から、滅多に敵から攻められることはなかった。 あるとすればダイアウルフやゴブリンなどの、下位の魔物が時折入ってくるくらいのものだ。 騎士として、戦闘技術、知識、そして闘争心を育んだ彼女からすれば、退屈ーーその二文字につきた。 決して、公国が窮地に立てばいいだとか、戦争が起きればいいと考えているわけではない。 彼女も騎士が、軍が退屈しているほど、国は平和であると理解している。 ただ、彼女の中に生まれた鬼は、血を、戦いを、いつでも求めていた。 そんなある日、彼女がたまたま門番をしていると、すでに使われていない森の街道から人が現れた。 通常ならば駆け寄るところだが、魔物のいる旧街道を無傷で、その上見たこともない服を纏う青年には、誰も駆け寄ったりしないだろう。 「そこの者、止まれ」 彼女は風の魔法を用いて、声を低くし、青年を制した。 公国の騎士団の鎧は、全身をくまなく覆い、背にマントを背負うものであるため、声が低くては誰も"彼女"であるとは分からない。 「はい?」 (……なんという魔力だ) 青年から漂うそれは全く異質なものだった。 彼女は隣国にいる間、サイクロプスやキメラなど、高位の魔物とも戦い、斃してきた。 だが門の下にきょとんと立つ青年は、そのどれよりも強大な魔力を放っていた。 「貴様、何者だ。森を生身で……無傷で抜けてくるとは、魔物の類か」 「いえ、頭の先からつま先まで、(自称)人間です」 嘘だ。 彼女はそう直感した。 壁に立てかけてあった、身を隠すほどの大盾から黄色の玉を取り、真上に投げる。 それは空中で弾け、黄色い雲を作った。 緊急戦闘の合図だ。 彼女は腰の長剣を抜き、飛び降りる。 両手で武器を振るう彼女にとって、大盾はただの鉄塊だ。 落下の勢いと自身の腕力で、青年に向けて長剣を振り抜く。 轟音と共に大地に5メートルほどの亀裂が走った。 しかし、彼女の手には手応えはなかった。
/116ページ

最初のコメントを投稿しよう!

67人が本棚に入れています
本棚に追加