第6章

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何も聞けなくて、何も言えない癖にこんなことで傷ついたような気持ちになって逃げだして。こんなんじゃいつまでも何も変わらない。 「あ~っほんとに、嫌んなる」 ドアが開いてもまだ仕事場に行く気にならなくて自販機のあるコーナーに向かった。 すぐ横にあるベンチに腰を下ろして窓の外に目をやる。 明るい空を見ながら、“何やってんだろ”と思う。 わかっていてもざわついた気持ちがなかなか落ち着かなくて瞳を閉じた。 昨日の真一の話。 法事の帰りのホテルでの事。 そして瑞希ちゃんと付き合ってる直樹。 直樹にとっての私って一体なんなんだろう。 ふいに“ガタン”と音をたてて自販機で缶の落ちる音がした。   「美作さん」 大好きな心地良い声に顔を上げると、すぐ横に笙さんがいた。 目の前に差し出されたのはミルクティー。 私は戸惑いながら、それを受け取った。   「高宮課長…」   「そんな顔して。僕はまだ必要じゃない?」 隣に座った笙さんの眼鏡の奥の琥珀色の瞳が優しく私を見つめていた。 タイミング良すぎ…。 思わずジーンと瞼が熱くなるのを感じた。 “甘えちゃいけない” 心の中の自分が警告する。   「言ったでしょう。いつでも僕のとこに来ていいって」 笙さんが片手で私の頭を撫でた。   「すみません」 やっとの思いでそれだけ言うと俯いた。 大きな手から伝わる温もりに、変わらない優しさに、自分の心が揺れるのが分かってそれが不安で泣きたくなる。 もうこのまま胸に飛び込みたいそう思いかけた時だった。 「高宮課長!」 すぐ近くで直樹の呼ぶ声がした。 半泣きの私は顔を上げることができなかったが、私の髪に触れている課長の手はそれでも離れる気配はなく…。 顔だけ振り向いた課長はいたって暢気な声で、   「ああ、松阪君。何?」 と平然と応えた。   「もうすぐ外回りに出るので、午後からの資料の確認をして頂きたくて」 直樹も普段通りの声で。 髪を撫でられたままの不自然な状況で、二人の様子についていけず私は焦り始めた。  “…ってこの状況…おかしいでしょ” 恥ずかしくて顔に熱が集まるのを感じる。  
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