【Two you,One me】

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中原は塾があるからと帰り、僕はもう少しだけと残った。 沙良の病室に戻り、時間が止まったように動かない沙良のそばに寄る。 沙良は見えない目で僕を見て、微かに唇が動く。 彼をストレスの発端とした拒絶は見えない。 僕は沙良のベッドに腰をかけて、中原にするように沙良の頬にふれて撫でる。 沙良の皺だらけの手は僕の手に重なり、僕は沙良の頭の後ろに手を当てて、胸にその白髪の頭を抱き寄せる。 髪を撫でて、ここにいるよと僕の中の彼を示してみる。 「……一登」 沙良の唇から僕の名前が溢れた。 こんなことをしてみても、僕には沙良との楽しい思い出も、一緒に死のうとまで考えたつらい記憶もない。 僕は彼ではない。 「……あなたは…誰?」 沙良はわかっているようで、そう聞いてくれた。 でも僕には涼宮一登という名前しかなくて。 「…鈴」 僕は中原が僕を呼ぶ名前にして答えた。 沙良の頭を撫でて、ただ抱きしめた。 閉じた瞼の裏には、中原と遊んだ夏の日々。 そこにおいた初めての僕の恋。 君が望むから。 僕は彼を操るように沙良に会いに行く。 学校では変わらず中原は僕と話してくれる。 たくさんの友達もいて、年上だということも忘れて、一緒に馬鹿みたいにはしゃいだ。 願書は近くの大学に。 中原も同じ大学を選んでくれた。 文化祭、体育祭を過ぎて。 正月には中原と初詣デートで合格祈願をした。 冬の寒い道、白い息を吐きながら、中原の小さな手を指を絡めて握って歩く。 僕は沙良のことを中原には言わなかったし、中原も沙良のことを聞かなかった。 いつからか、それが暗黙の了承のように話題にはしなかった。 僕のもう一人の人格の彼のことも、中原は口にすることなく、ここにいる僕とだけ向き合ってくれた。 「スズ、もうちょっとくっついてもいい?」 歩きながら、恥ずかしそうに中原は僕に声をかけてくる。 僕は立ち止まって、中原も立ち止まり、僕はそのコートの背中に腕を回して胸に抱き寄せる。 「…あったかい」 中原の腕も僕の背中を抱いて、僕の中におさまってしまう小さな中原の髪に唇を当てる。
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