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好きだよ。
その言葉を口にすることもない。
その気持ちで精一杯、中原を包む。
中原は顔を上げて、うれしそうな恥ずかしそうな笑顔を僕に見せて。
僕も恥ずかしくなりながら笑って。
また指を絡めて手を繋いで歩く。
小さな雪のカケラが降っていた。
僕という意識が目覚めてから1年。
大学は合格して、沙良の部屋の窓の外には桜が咲く。
「鈴、リンちゃん」
沙良が僕を呼ぶ声に振り返ると、沙良は僕に携帯のカメラを向けていて、僕を撮る。
不意打ちだ。
「沙良、不意打ちに写真撮るのはやめて」
「大丈夫だよ。リンちゃんかっこいいもん。あのね、リンちゃん、あたしね、学校いくの」
沙良の話し方は幼児だ。
髪は白髪のまま、手は皺だらけのまま。
僕のように別の人格がいるわけでもなく。
それでも鬱やヒステリーはなくなった。
沙良の状態の改善をみた沙良の親は、僕がここにいることを許している。
どちらかと言えば、僕に任せている。
幼児の沙良とお絵描きをして遊んでいると、僕の意識はどこかに消えた。
僕が表にいない間、彼が出てきている。
沙良は彼のことを僕とは違う人格と認識して、カズくんと呼んでいる。
次に意識が浮いたときには、部屋は真っ暗で。
僕はベッドの上で沙良と裸で横になっていた。
何を考えるでもなく、彼が沙良と抱き合ったのだろうと予測はつく。
また同じことを繰り返したいのかと、彼のあり方を考えて問いかけても、彼は僕に言葉を返すこともない。
僕はベッドの上で起き上がり、脱ぎ散らかされた服を着ていく。
彼が現れるのは沙良の前だけ。
僕にもその存在を見せない。
彼と会話したその時間が遠くなるほど、僕は僕の意思で沙良と抱き合ったりしているのか、なんて考えてみたりもする。
それでも僕の中には中原がいて。
本当にふれたい人は別にいて。
それでも沙良を抱いたような証拠を僕にわかるように残されて。
中原に彼女になってほしいだとか、キスしたいだとか、そんなこと思えなくなっていた。
きっと傷つけるから。
僕の体は僕だけのものじゃない。
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