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「カズくん、帰っちゃうの?」
僕が部屋を出ようとすると、沙良は起きて僕に声をかけてきた。
「鈴だよ。もう遅いから帰るね」
僕は沙良を振り返って声を返す。
沙良は裸なのを気にすることもなく、布団から出て、僕を不満そうに見る。
「リンちゃん帰っちゃやだ」
「…じゃあ、沙良、カズくん呼んで?」
「リンちゃんも帰っちゃだめ。いなくなっちゃだめ」
「…沙良は…僕かカズくんか、どっちが好き?」
「どっちもだーいすき。リンちゃんもカズくんも優しいもん。んとね、ふわふわしてあったかい。でもリンちゃん、どっかにすぐいなくなっちゃうの。ふわふわ、どっかに消えちゃう。雪みたい。溶けて消えてなくなっちゃいそう。だから、リンちゃん、帰っちゃだめなの」
沙良は僕に何かを伝えようと必死に言ってくれる。
溶けて…消えて…。
たとえば僕がオリジナルだとしても。
僕の人生はほぼ彼が生きてきたのだろう。
僕は…消えてなくなるほうがいいんじゃないだろうか。
僕はそんなことを考えて目を伏せて、彼が現れて僕が沈むのを待つ。
心の奥底に自分を封じるように。
僕の腕を強く掴む沙良の手に僕は驚いて目を開ける。
「リンちゃんっ!」
僕に怒っている。
僕は裸の沙良の体を見て、散らかっていた沙良の服を拾って肩にかける。
「…僕はね、だけど、きっといないほうが沙良のためなんだよ」
彼は沙良を心から大切に思っている。
僕にはそれがわかる。
沙良の親にももう認めてもらえているし、彼と沙良の関係を壊そうとすることはないだろう。
彼は今もまだ、沙良がこうなってしまっても大切にしている。
「あたしはリンちゃんも好きだから、いなくなっちゃいやなのっ」
「でも僕とカズくんは一つにはなれないんだ」
一つの体。
二つの魂。
僕は彼ではないし、彼は僕ではない。
泣きそうになっている沙良に大丈夫だよと笑顔を見せると、沙良の表情はどこか子供の甘えたそれとは変わっていく。
沙良の手は僕がしていたように僕の頬にふれて、涙を拭うように撫でる。
「鈴、あたしとカズを殺して」
今までの沙良は言いそうにない言葉を口にした。
沙良も二つの人格があるのかと思った。
けれど違う。
沙良の中に混在するすべての沙良。
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