【True blue】 #2

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「……なに無視してくれてんの?千夏」 俺が声をかけると、千夏は目を丸くして俺を見る。 「…本気で忘れた?千夏が事故で記憶喪失になったって噂は聞いたけど…。本気?」 俺は千夏に顔を近づけて聞いて、千夏は俺を避けるように後ろに体をひく。 本気の本気らしい。 カケラも覚えていないらしい。 「なに、それ?ケンカしたから怒ってるのかと思っていたのに…、本気で俺のこと忘れたのかよ?千夏っ?」 ケンカなんてしてないけど。 「し、知りませんっ。誰?ですか?」 ケンカに反応することなく言いやがった。 俺はつくりあげる嘘を考えながら、席に深く座り直す。 別の記憶を千夏に与えるつもりだ。 マスコット扱いじゃないなら…彼女? 「そんな反応、見たことないし。……篠山千春、20才、独身です。出会いからやり直す?前は千夏の彼氏やってたけど」 自己紹介しつつ、なんて言ってみた。 千夏は嘘だとも言わなかった。 本気の本気で記憶がないらしい。 その答えを聞く間もないまま、会場が暗くなる。 大きな音が流れてきて、客は立ち上がり、俺やメンバーの名前を叫ぶ。 ライブ開始だ。 千夏がくるのが遅すぎた。 「…もう始めるのか。5分待ってって言ったのに。…あとで楽屋こいよ」 俺はまわりの声にかき消されないように千夏の耳に口を近づけて。 バックパスを千夏に持たせた。 ステージを隠していた幕は落ちて、俺は柵を越えてステージに駆け上がる。 最高のショーになるように、千夏に見せつけるように、くたばりそうになるくらいの声をあげる。 俺の声に客は反応を返す。 ライブは最高に盛り上がった。 このツアーの中で一番の出来だった。 千夏の目は俺を見ていた。 俺も何度も千夏を見ていた。 何度だって俺に惚れればいい。 俺だけ見ていればいい。 やり直す。 出会いから。 ライブが終わると、俺は着替えることもないまま、走って千夏を捕まえにいった。 千夏は逃げるように帰ろうとしていて、捕獲して、俺がファンに捕獲される前に千夏を俺の車に乗せた。 …今まで車に乗せたこともなかった。 乗りたいと何度も言っていたけど。 記憶がなくなった今更になって、千夏の望みを叶えてやってる気がする。
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