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「…殺さないよ。もう二人で逃げなくても誰も反対したりしない。君と彼なら、きっとまたやり直せる」
僕は沙良にそう答えてあげた。
沙良の気持ちがあって、彼の気持ちがあるのなら。
また子供をつくって二人で暮らしていくと親に認めてもらえばいい。
沙良の親はもう反対しない。
僕の父親は…、僕を記憶喪失だとでも思っているだろうか。
以前とは違う僕に何も言わなかった。
それでも父親は反対したりしないような気がする。
「…鈴…、あなたは誰?」
沙良は今にも泣き出しそうに目に涙を溜めて僕に聞く。
名前を問われているわけじゃない。
僕の存在はいったいなんなのか問われている。
そんなの…僕にはわからない。
「誰なんだろうね」
誤魔化しているわけでもないんだけど、はっきりしたことは言えなかった。
僕は涼宮一登。
…本当に?
母親が死んだその時に僕も死んだんじゃないか?
僕が僕として生きたのは、小学校低学年までとこの1年。
僕がいなくても…彼がいる。
彼には…彼女がいる。
僕は沙良と視線を合わせて笑みを見せる。
「君の彼を僕は奪ったりしないよ。彼は今もまだ、君がそんなことになっているから、恐れてなかなか出てこないけど、君が以前のようになれば、彼は君に会いに来る。君と接しているうちに、きっとずっと彼しか出てこなくなる。だから君も死ぬではなくて、彼と生きることを考えて」
「鈴は?…鈴はどこに消えるの?」
「僕は彼の中で…彼の視界をたまに見ているかもね。ねぇ、沙良。覚えてる?去年、君は大学にいこうって思っていたよね。彼にも君にも難しいところだったんじゃない?」
僕がその話題を口にしてみると、沙良は記憶の中から引っ張り出してきてくれて頷いた。
「…家から近くの大学。一登と一緒にいこうって約束した。どっちも受からないんじゃないかってくらい、あたしも一登も全然だめで。…必死に勉強した。どうしても…家から通える大学にいきたかった」
だから今年の僕は簡単に受かることができた。
受験より前に沙良と彼は問題を起こしてしまったようだけど。
「…お父さんもお母さんも大好きだった。だけど、大好きな人の子供できたってわかって、ちゃんとお父さんとお母さんに報告しただけだったのに…」
沙良はそこまで思い出したように僕に涙を見せて話す。
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