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『芙由はおまえに惚れてるだろ』
だといいね。
うれしい。
だけど、君がいたから中原は僕に声をかけてくれたんだと思う。
僕とつきあうふりをしてみせてくれた。
去年の夏は暑かった。
今年の夏はもういらない。
…ありがとう。
さよならは淋しいから、君に言いたくない。
だけど、さよなら。
『おまえが受け止めろって言ってんだろっ!
母親は…っ』
…わかってるよ。
きっと僕は覚えてる。
君は僕で、僕は君で。
君は僕じゃなくて、僕は君じゃない。
覚えている君は僕で、覚えてない僕は嘘つき。
『おまえは俺に全部渡した。時折うっすら浮いてきて、俺の視界から世界を見る。おまえは嘘をついているわけじゃない。本当にわからないだけだろ。
…母親は俺の目の前で踏切の中、電車に潰されて死んだ。母親は妊娠中。有り得ないことに、陣痛で動けなくて踏切の中で立ち止まってしまった。
おまえは目の前で肉塊になる母親と腹の子供を見て、俺という母親の腹の中にいた弟を自分の中につくりあげた』
僕の中にはその光景が浮かぶ。
僕の目には涙が溢れてこぼれて落ちる。
『8才のおまえには、受け止められなかった。10年だ。おまえが引きこもっていなかった時間。おまえはいなかった。
母親が亡くなって父親は沈み、かまってもくれずに餌も与えてくれずに自分のことだけで精一杯になっていた、そんなことも知らない。
いや、それも俺が確立されていった原動になるのかもしれないな。
施設に入って過ごした数年もおまえは知らない。
施設で虐められて、仲間外れにされて、理由もたいしたものもなく殴られて、出来の悪いこっちが悪いと仲裁した大人に言いつけられて。大人は鵜呑みにしたように俺に怒る。
おまえはそういうのを全部俺に押しつけた。都合よくおまえはその期間を忘れて引きこもった』
…かっこ悪いね、僕。
『おまえという意識がなくなって、俺という人格が生まれて10年。父親は俺の解離性同一性障害もわかっていない。おまえはずっといなかったから』
僕はもう消えてもいいんだよ。
君が生きて。
君なら生きられる。
どんなにつらいことがあっても、君には沙良を守ろうとする意志がある。
それだけできっと生きていける。
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