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「仲が宜しいようでけっこうな事で。そういえば昼もお聞きしたが、長秀殿は信長様と昔からの付き合いでしたな」
長秀は水をがぶ飲みして舌を落ち着かせると、それから秀吉の問いに頷いてみせる。
「――ええ、まだ元服して間もない頃から仕えさせていただいております」
信長も若い頃の時分を思い返し、しみじみと杯を傾ける。
「あの頃は余も無茶をしたな。特に、月の美しい日は懐かしい。覚えておるか、五郎左」
「ええ、覚えていますとも。あの満月の日も、このように賑やかな夜でした」
「あの満月の日、とは?」
秀吉が二人に訊ねると、信長は珍しく穏やかな笑みを浮かべる。
「話してやれ、五郎左。あの馬鹿馬鹿しくも心躍った、あの日の事をな」
「それはもちろん。忘れもしません、あれは20年以上も前の事です。あの頃信長様は犬千代――まだ小姓時代の前田利家殿を連れ、毎晩城を抜け出していたのです」
食事と酒の肴に、長秀の声はするりと通る。人生五十年の時代、もう四十を越えた三人の心に、青葉の頃に感じた風が吹き始めていた。
「毎晩の事に心配したのは、若き日の信長様を支えた教育係の平手殿です。私は平手殿に頼まれ、その夜信長様の後を追ったのです……」
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