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若葉の香り漂う風も、夜になると肌寒い。しかしうつけである信長は、それを気にも止めずに夜道を着流しで練り歩いていた。しかもそれはただの着流しではない。派手な赤の花柄の、女物をわざわざ好んで着ていたのだ。その上、腰にはひょうたんがいくつもぶら下がっている。
隣には、これもかぶいた少年が一人。信長の小姓として仕える犬千代、後の前田利家であった。
「今日こそは出ますかね、信長様」
犬千代は夜道を照らす提灯と、なぜか荒縄を手に、鼻息荒く歩く。すると信長は突然足を止め、辺りを見回した。
毎日のように飛び出して遊び呆ける城下も、夜に眺めると景色が違う。人一人いない道、戸を閉じた民家、どこからか響く犬の遠吠え。二人のものではない足音は、不気味なくらい耳によく入る。
「の、信長様」
「静かにしろ、お犬」
引きずるような足音は、段々近付いてくる。先ほどまで威勢の良かった犬千代は苦笑いを浮かべ、縮こまった。
が、前方から現れた人影を見ると、犬千代は盛大な溜め息を吐く。暗い夜を照らす満月のような笑顔を浮かべる少年は、信長も犬千代もよく知る人物、五郎左こと、丹羽長秀だった。
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