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秀吉はひとまず立ち上がると、探していた彼の表情を伺う。乱れのない月代、着物にも汚れはない。怪我もなければ、怯えた表情もない。
丹羽長秀、通称五郎左。彼は秀吉がよく知る、穏やかな笑みを浮かべていた。
「……まだ、聞いておらんのか?」
秀吉はそう独り言を漏らすと、長秀に目配せする。信長がここへ来た理由を聞いていたのなら、穏便な長秀も微笑んではいられないはずなのだ。事実秀吉は血相を変えて、安土まで飛んでくる羽目になっている。秀吉は、まだ事件が起こっていないと推測した。
秀吉はそれを確信に変えたくて何度も目配せするが、長秀に意図が伝わらず、首を傾げられてしまう。どうしたものかと悩んでいると、信長が口を開いた。
「先程からどうもおかしいな、禿鼠。言いたい事があるなら、はっきり話したらどうだ」
「え!? いやー、その、では長秀殿、あちらでお話を……」
「待て。お前達、主君の前では話せないような何かがあるのか?」
「はは、そう言われると思いましたよ……」
まさしく主君の前では話せない内容なのだが、信長がそれを許すはずがない。秀吉は苦笑いすると、頭を抱えた。
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