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そして、その日の夜。信長は突然現れたというのに、夕げは豪勢であった。信長と、秀吉と長秀。少量の酒と共に、小さな宴は始まった。
「おお、忘れておった。五郎左、これは褒美ぞ。受け取るが良い」
子どもに干し柿でもやるかのような口振りで、信長は桐の小箱を渡す。長秀はそれを開くと、目を丸くし仰天した。
「これは、珠光茶碗! なんと見事な」
一流の茶道具である珠光の名は、平静な長秀をも興奮させる。長秀は茶碗を手に取ると、口を開きっぱなしにしたまま、まじまじと眺めた。
「羨ましいのー、長秀殿。ワシにも後で見せてくれんか」
秀吉は軽い調子で口を挟むが、長秀は答えない。放っておけば朝まで茶碗を眺めていそうなほど、心酔した目をしていた。
「あのー、長秀殿ー? こりゃ駄目だ、耳に入っとらん」
「はは、喜ぶのは結構が、これでは食事にならんな。ほれ、帰ってこい五郎左」
信長は、長秀がだらしなく開いたままにしている口に柚子の汁を絞り飛ばす。
「っ!」
口に広がるのは、単品では強すぎる酸味と風味。長秀は肩を震わせ、涙を溜める。信長はそれを見て肘を叩き大笑いした。
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