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銀瑤は知っている。
この邸に、父に手を出した者の末路を。
その凄惨な最期を。
そしてその者たちに対する父の面差しを。
――――憐れだな。
そう確かに呟いた父の紅の双眸には一欠片の憐憫も見受けられなかったことを。
銀瑤が父に抱くのは畏怖、畏敬。
それに近い。
だからこそだろうか。
対峙していると思わず回れ右をしたくなる。
それは今でも変わりない。
だから今も引き返したい気持ちでいっぱいだ。
しかし、いつまでも部屋の前に佇んでいるわけにもいかないので銀瑤は意を決した。
「父上、お呼びだそうですが」
妻戸の外から一声掛けると、返答があった。
入るように促されて妻戸を開ける。
夏特有の生暖かい風が吹いた。
蔀が下がった室内は微かに薄暗い。
反射的に背を向けて自室に戻りそうになる足を何とか押し留めて中へ入る。
「…随分賑やかだったようだな」
低く威厳に満ちた重い声が静かな部屋に響く。
先ほどのイーグルとのやり取りのことだろう。
「…も、申し訳ありません」
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