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11【魔楽器】
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「それにしても、さっきの大山さんの演奏、本当に素晴らしかったな」
「ああ。
噂には聞いてたけど、あれが『海胡』かぁ。
正直、あんなに感動するものとは思わなかった。
周りのお客さん達も皆、うっとりしてたしなぁ」
先程のマグロの解体ショーで塩野の『助手』を務めた浜本と波川、二人の男達は
口々に大山老人の演奏を褒め讃えた。
「おお!そうかい。そりゃどうも」
と、大山老人も嬉しそうに湯飲みのお茶をすすりながら言った。
ここは、
『ルーク・ショッピングセンター歓楽店』の『小会議室』。
本来、この部屋はその名前の通り従業員が店の売上向上についての対策会議などで使用するための部屋だが、
今日は臨時で『イベントスタッフの休憩室』として使用されていた。
テーブルが一台とパイプ椅子が数脚の簡素な部屋である。
窓際には真新しいホワイトボードが置いてあった。
今、この部屋には大山老人と浜本、波川、
そして解体ショーでマグロをさばいた塩野の四人がいた。
「いや、素晴らしかったと言えば、いつもながら塩野さんの包丁さばきも、なかなかの物だったぜ。さすが大将!」
浜本が隣に座っている塩野にも声をかけた。
「そうかい?そう言ってもらえると有り難いな」
いつもは、多弁な塩野が珍しく言葉少なにタバコを吹かしながら答えた。
「どうしたんじゃ?塩野さん元気無さそうじゃのぉ」
大山老人が心配そうに塩野の顔を覗き込んだ。
「いや…解体ショーで、ちょっと疲れてしまって…」
「まあ、そうだろうな。お疲れ様でした!
あ、俺そろそろ帰るわ」
浜本が腕時計を見ながら立ち上がった。
「あ、そういや俺も帰らなきゃ」
波川も同様に立ち上がった。
「そうか。ワシは、もう少しここで休んでくわ。塩野さんは?」
「あ。俺も、もうちょっとここにいる」
「そっか。じゃあ、また!」
「おう。またな」
浜本と波川が出て行き、
休憩室には大山老人と塩野の二人だけになった。
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