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「ところで…大山さん」
と、塩野が『大山と二人きりになるのを待っていた』と言った感じで、いきなり身を乗り出してきた。
「うん?何じゃ?」
「さっきの『海胡』の演奏…
確かに、とても素晴らしかった…。俺も凄く感動したよ」
「うむ。ありがとう」
「でもな…」
と、塩野はタバコをテーブルの上の灰皿で揉み消した。
「あの『海胡』って楽器…
どうも『普通じゃない』気がする」
「何じゃと?」
「実は…
さっきの解体ショーの時、あの音色を聞いてたら
だんだんと頭ん中が、ぼぉっとし始めて…」
塩野は、先程の解体ショーでの『体験談』を大山老人に話した。
マグロのヒレを切ったら、痛がるような声が聞こえてきたり…
マグロの頭を切り落とそうとしたら、マグロの目がギョロリと動いた様に見えたり…。
「俺、マグロの解体は何度もやっているが、あんな事は初めてだ」
「………」
「大山さん…もしかして、あの『海胡』って楽器…何か『ワケ有り』なんじゃないのか?」
「何…じゃと?」
「どうも、俺にはあの楽器が何か『得体の知れないチカラ』を持ってる様な気がしてならないんだよ」
「……………」
大山老人は、湯飲みのお茶を『ごくり』と飲み込んだ。
「あ、気を悪くしたら済まん。
もしかしたら、俺の気のせいかもしれん。忘れてくれ」
「いや……」
「さて。ちょっと売場をぶらついて来るかな。
今日は本当に、ご苦労様でした」
と、塩野はおもむろに立ち上がった。
「うむ。塩野さんの方こそ、ご苦労さんじゃったの…」
大山老人は一人、休憩室に残った。
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