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「なるほど…『得体の知れないチカラ』か…」
大山老人は塩野が言った言葉を頭の中で繰り返した。
そして、部屋の隅に立て掛けてある紫の布に包まれた『棒状』の包みに目をやった。
『海胡』…。
この弦楽器が、どういった経緯でこの歓楽島に渡って来たのかは大山も知らないが、名前からして海に関係はしているだろう。
その形状は、日本の三味線や中国の二胡とよく似ている。
直径約30センチ位の丸く『へんぺい』な形をした木製の『胴』の両面に動物の皮が張ってあり、
胴を貫通して伸びる『棹(さお)』に張られた弦を弾いて演奏する。
弦の本数は三味線同様、三本であるが
演奏方法は二胡と同様に長さ約70センチほどの『弓』を使用する。
胴および棹は紫檀(したん)という硬質な木材が使用されており、
全体的に色は黒く、独特の雰囲気の魚の絵が装飾として施されている。
胴に張られている皮に関しては、調べてみたが何の動物の皮なのか不明であった。
(通常、この手の弦楽器の皮は主に蛇、犬、猫等の皮を使用しているが)
弦は『琴糸の様な硬質素材』で弓には馬のタテガミが使用されている。
その音色は、本当に独特の雰囲気を持っていて、
上品さと荒々しさを『ないまぜ』にした様な音だ。
この『海胡』は代々、歓楽神社の宝物庫で大切に保管されてきた。
大山は、今は亡き先代の神主である父からその手入れの方法や演奏方法を教わった。
「良いか。この楽器は一種の『魔力』の様な物を持っておる。
だから、弾く時はその魔力に自分が操られないよう、気を付けるのだぞ」
と、大山の父は常日頃からそう言っていた。
確かに最初、弾いてみて大山自身も何か『普通ではない物』を感じた。
弾き始めると…
次第に頭がぼぉっとしてきて…
一種の『トランス状態』に陥るのだ。
その感覚は…凄く心地の良い物ではあるが…。
反面『自分が自分ではなくなる』様な…
そんな妙な感覚にも捕われてしまう。
大山は、今でも『海胡』の手入れはするものの、プライベートでこの楽器を弾く事は滅多に無い。
そして今後、『海胡』の演奏方法を誰かに教えるつもりも無い。
大山も、塩野と同様、この楽器に『何か得体の知れないチカラ』を感じるのだ。
先日の電話で、旧友の的場秀一郎のあまりにも熱のこもった要望に負けて
先程の解体ショーで本当に久しぶりに弾いたのだった。
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