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海賊達は執拗(しつよう)に魚人達に月枯の行方を聞いたが、
魚人達は知るよしも無い。
海賊達は魚人達に拷問をして何とか口を割らせようとしたが、
当然、それは徒労に終わった。
海賊団は月枯を探すのを諦め、この島に住み着き『根城(ねじろ)』にした。
そして時々、気まぐれに魚人をさらって来ては拷問をしたり、殺したりして喜んだ。
もちろん、魚人達も海賊を島から追い出そうと試みたが、
刀や火繩銃の前では無力だった。
海賊団は、あちこちの船から略奪した『戦利品』としていろいろな珍しい品々を持っていた。
その中に大陸の、とある弦楽器が有った。
ある日の事。
海賊の頭領が手下にその弦楽器を弾かせ、酒宴を執り行っている時
手下の一人がいつもの気まぐれで魚人の一人を拷問しようと連れて来た。
と、その時。
その魚人の姿が
突然、丸々とした魚の姿に見えたのである。
海賊達は先を争ってその魚人に、かぶりつき、遂にはその魚人を食い殺してしまった。
それが大変、旨かったそうなのである。
どうやら、あの弦楽器の音色を聞くと魚人が旨そうな魚の姿に見える様であった。
もちろん海賊達、つまり和人の姿は楽器の音色を聞いても変わらなかった。
その味が忘れられなくなった頭領は、
何人もの魚人を手下にさらわせ、
弦楽器の音色を聞きながら魚人達をむさぼり食った。
そうして、魚人達は絶滅した。
ところで突然だが、
魚類の『マグロ』の名前の由来というのはご存知だろうか。
目が大きく黒い魚である事から『目黒(メグロ)』と呼ばれ、それがナマって『マグロ』になったいう説が有る。
歓楽島の魚人達の場合は真っ黒い目をしていた事から、海賊達にやはり『目黒』と呼ばれていた。
一般的に知られる、いわゆる『表の歴史』では、
『江戸時代後期に島でマグロが大量に捕れ、
島全体が大変な漁業景気に沸き返り、漁師達が遊び歩いた事から『歓楽島』という島名になった』
と有るが、
実は
『江戸時代後期に島でメグロ(目黒、すなわち魚人)が大量に殺されて絶滅し、
島が海賊達の手によって陥落(かんらく)したので『陥落島』という島名になった』
と、いうのが文献に残る『裏の歴史』での島名の由来になっている。
当時、海賊達の間では一種の『言葉遊び』が流行っており、
『目黒』を『マグロ』、『陥落島』を『歓楽島』と文字を変えて『言葉遊び』をしたのである。
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