6人が本棚に入れています
本棚に追加
/32ページ
「とにかく、作曲したオレが言うんだから、間違いないって」
「うん……でも、深景……櫂斗のお手本見たいな」
「え……? いや、それは……」
「見たいな……」
満面の笑顔で、プレッシャーをかけてくる深景。
「ゴメン……オレ、もうピアノは弾かないって、決めたんだ」
「……?」
さらに、深く首を傾げる深景。
「だから、ゴメン……その曲は、ずっとキミが弾いててくれ」
「でも……朝、聴いたのは櫂斗のピアノだったよ」
「それは、オレの夢の中のことで……」
「わかんない……なんで夢の中なら弾けるのに、いまここで弾けないの?」
「理由はキミには言えない」
「……櫂斗は、ピアノがキライ?」
深景の泣き顔……そんな顔、しないでほしい。
「とにかく、オレはもうピアノを弾かない……そう決めたんだ……」
授業終了のチャイムが鳴り響く。
「教室、戻らないと……」
「うん……ゴメンね、櫂斗……ムリなこと言って……」
「……」
「やっぱり……深景、ダメなコだよね……ワガママだし、おバカだし……ピアノばっか弾いてて、友達いないし……どうしようもないよね……」
項垂れる深景……どんよりと、落ち込んでいる。
「違うって!」
「……!?」
急に大声を出すオレに、深景はビクッと、身を震わせ、オレのほうを見る。
彼女の視線と、オレの視線が、鏡を通して絡み合う。
「ダメなのは、オレのほうだよ! 深景はぜんぜんダメじゃねえよ」
「櫂斗……」
「深景は、何も悪くねえよ……」
ピアノが弾けないオレ……まだ紗菜のことを忘れられないなんて、ホント情けない。
ただの失恋なら、まだ立ち直れる。
けど、オレが失ったのは、ピアノそのものだ。
オレのことを気づかい、自分を責める深景。
そんな彼女を、受け入れることができないオレ。
ホントに情けない。
振りきるように鏡から離れ、重い足取りで、音楽室をあとにした。
せっかく、逢えたのに……あれだけ、逢いたいと思った彼女に出逢えたのに……。
夢であろうとなかろうと、結果は同じ……。
つくづく、恋愛に向いてない体質なんだろうな。
オレって……。
最初のコメントを投稿しよう!