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宝生一縷は、退屈していた。
同棲を始めて早一ヶ月。忙しいと感じたのは最初の一週間のみで、毎日が楽しいと幸せを噛み締めるのはそれから一週間も持たなかった。
どんな豪華な食材も流石に一週間続けて三食出されたら砂を噛んでいるのと同じだ、そんな事を考えながら煙草を噛み砕く。メンソールのカプセルがぷちりと音を立てた。
安いライターを押し付け煙草に火を付けると、新居の壁に思い切り吹き付ける。最初こそ室内禁煙を掲げベランダで二人ならんで煙草を嗜むのが日課だったが、ある日一縷が買い物に出た隙に部屋には煙草の匂いと換気扇の音がごうごうと唸っていた事がある。彼はそれでもおかえり、と一縷に笑顔を向けた。
そういう些末事が致命傷だと言う事を、一縷は良く知っていた。けれど、彼は知らなかった。
だから一縷はそれで良いと笑う。ただいま、と彼に笑って見せる。
次の日彼女はデスク用の灰皿を買った。彼は、何も言わなかった。
それから一縷は、毎日少しずつ砂を噛み続ける。
それでも良いのだと彼女は思っている。一縷は常に、人間を水晶体に例えた。
美しい多面を持つ水晶に。それはとてもとても大きな水晶で、全ての面を繋ぎ合わせて初めてその人が出来あがるのだと。
優しいその男の一面に惹きつけられ、四年の歳月を経て、沢山の面を見つめた。同棲に至った事で、また新たな面が見えた。
私達は良く似ている。それが、一カ月たたずに一縷が導き出した答えだ。脆い面を見せず、許さず、諦める。とてもずるい二人。
ずるい人間で居る事は、何と楽なのだろう。
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