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  「それ、どうなの」 「どうって」 「お前戦えよ」 「出た聖戦論者」 都築雪文は、苛立っていた。 隣に居る女は美しい顔を顰めてから改めて煙を吸う。人間は在るがままで良いという彼女の持論は学生時代より精錬され、まるで聖書か何かの様に彼女の生活を律し、そして華奢な体をも削り取る。それが彼には気に入らなかった。 出会ったころから野菜ばかりを口にし、煙草を始め、いつだって無防備に長い脚を投げ出す。それが彼には気に入らなかった。 「今は戦った所で新しい何かが見えるとは思わないんだよ」 「イチ、お前そのうち泣くぞ」 「泣くような出来事に出くわした時の為の準備はできた」 聖戦論者。彼女が自分をそう呼ぶようになってどれくらい経っただろうか。 きっかけは覚えている。共通の友人――自分が手酷く振ってしまった女の子の一人なのだが、それはともかく――と三人で飲んでいる際、彼女が付き合っているという男のあまりの酷さに腹が立ち、年下の女の子相手に随分な説教をしてしまった事がある。 彼女が飲み過ぎて一縷のにもたれ掛かって寝てしまってから、一縷は薄い唇をうっすらと微笑ませて言ったのだ。聖母の様な笑みを浮かべて、「聖戦論者」と。 「誰しも、ユキくんの様に強い訳ではないのよ」 「わあってるよ」 これも、その時聞いた言葉と同じ言葉だった。 そもそも一縷と雪文は良く似ていた。ただ、性格は正反対と表現して差し支えなかった。常に一歩引いて静かに笑んでいる一縷と、我の強すぎる自分。似ているのは根幹だ。人を愛し、だからこそ隣人を良く見ている。少なくとも雪文は宝生一縷という人間をそう解釈していたし、いつか聞いた彼女の都築雪文という人間の総評もそうだった。 「でも、話してすっきりした。もう少し様子を見てみるよ」 「早めに結論づけた方が良いぞ。お前、もうわかくないんだから」 「うっさい、おっさん」 「一つしか違わないだろ」 寂しがり屋なのだ。互いに。臆病なのだ。それぞれに。故に戦いを望まない一縷、故に戦い続ける事を選んだ自分。 ――盾と剣が依存し続けるのは、きっと、仕方のない事なのだと。  
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