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  相良嘉乃は、溜息をついた。 薄暗い店内にはいつも通り自分達以外の客は無く、気の利いた異国の歌が流れるその空間は、居心地が良いはずだった。 目の前にはカルーアミルクが二つ。オンナノコのようだと笑われようが、自分はこの酒が好きなのだ。 「いっちー、何か、あったのかな」 「同棲の件でしょ」 「えっ」 「つまらない、って言ってた」 「ええっ」 目の前の、しなやかな金髪が揺れる。ぱちぱちと瞬きを繰り返した後、自分と同じようにカウンターに並ぶ背中を見つめる。 華奢な背中と、華奢すぎる背中。二つは当然と言った様子で並び、時折手元から白い煙が揺れるのが見て取れた。今日も二人して煙を失い、二人で夜の町に消えるのだろう。僅か十五分程、その背中は視界から消える。日常。 「煙草いいなぁ」 「アカリは止めておきなよ」 「よしのんもね」 へらりと笑って、彼女はカルーアミルクに口を付けた。両手を添えて、まるで宝物のように飲み干す。目の前のナッツにを一つつまむと、口の中に放り込む。 ――とてもよく似た二人だった。周りを見渡し世話を焼きながら、自分という入れ物に絶対の強度を持った二人。どちらかが迷えば片割れが背中でその心音を聞き、俯いた片割れの声を聞く。 真似出来ないと思った。しようとも思わなかった。自分の脆い器で、同じ事は出来ないと思った。 噛み砕いたナッツが上手く飲み込めず、慌ててカルーアミルクで流し込む。 「付き合わないのかな、二人」 「お互い相手居るだろ」 「そうだけど、なんかなぁ」 それにしても、目の前の彼女は饒舌だ。酒が回ったのかと思案したが、今日はまだこのカルーアで三杯目。普段ワインをがぶがぶと飲み干す彼女にしてはゆっくりだ。何か嫌な事でもあったのだろうか。そんな事を考えていると目が合った。 「なに?」 「なんかあった?」 「なんかあったのはよしのんの方でしょ」 違うよと半端に口を開いて、閉じた。申し訳なさそうに笑う彼女に強がっても仕方ない。先に打ち明けたのは自分だったのだから。 何度めの降伏宣言だろう。それでも口に出さずにはいられないのだ。 ――弱くて卑怯な、自分の為だけに。負けを認め続けるのだ。
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