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八千代朱莉は、強張っていた。
地雷。兄の様に慕っている男、相良嘉乃の唯一の地雷。――宝生一縷への片思い。
穏やかな彼は声を荒げはしないが、嫌な思いをさせてしまったと思う。端正な顔立ちが眉を顰めて笑う。
「……あの二人は、あれでいいんだよ」
ね、と、首を傾げる。何も言えずただこくこくと頷くと、大きな掌がにゅっと伸びて、朱莉の金髪をぐしゃりと撫でた。
人間が必ず何かを欠いて生まれてくる生き物なら、二人は互いが欠いたピースを持ちあわせているような。一つの枠に収まるべく生まれてきたような、そんな二人だった。いつだったか酒の席で、雪文に叱られ、一縷に宥められた経験のある朱莉は、そう感じていた。
だが嘉乃はどうだろう。一人足りないピースを抱え、立ち尽くしている様な。彼の笑顔を見る度、そんな妄想に駆られた。
「ほら、アカリは何があったのか、話してみ?」
ほら、こういう風に切り替える。自分が寂しい時、彼は必ずそうする。優しい人。そんな優しさで自分の寂しさを癒せる訳がないのに、無理矢理蓋をするのだ。
「ゴウちゃんと、喧嘩した」
「またぁ?ほら、お兄ちゃんに話してみんさい」
そして甘えるのだ。彼の蓋を抉らない様に。お兄ちゃんと、そんな風に自分を形どって笑っていられるように。そっと利用するのだ。
あまり依存してはいけない、そう思い悩んでいた。昨日の彼氏との酷い言い合いから逃げ出したくて此処に来たのに、打ち明けたら、彼に、嘉乃に更に依存してしまいそうな気がしていた。
上手く言えずにいると、細長い影がテーブルに落ちる。
「俺ら煙草買いにいってくるわ」
「ああ、いってらっしゃい」
ああほら。また笑った。本当は軋んで仕方ない心に蓋をして。
これ以上、蓋をさせてはいけない気がする。多分、きっと。
「いっちー。話したいな」
「おぉ、ガールズトークか」
「じゃあ雪さん、戻ったら俺と一戦」
「いいぜ」
受けて立つ。そう子供の様に笑って、雪文はスタスタと行ってしまった。少し待っててと微笑んでから、一縷がその後を追う。
「後で俺にも聞かせて」
うん、と笑った顔に違和感は無かっただろうか。きちんと笑えただろうか。
何もかもが空回ってしまって上手くいっていない気がする。それでも、こうするしかなかったのだ。恐らく。
――私は、きっとみんなみたいに、優しくなれない。
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