黒猫のエミ

2/20
前へ
/20ページ
次へ
   イタドリの葉が、大きなハートの形に見えて、それを一枚、二枚、と数えてみると、トランプ遊びがしたくなった。  きっと、ポーカーが良いに違いない。 それならば、沢山集めたハートの手札から、いろんな役を組んでみせただろうに。  そんなことを思いながら、私は葉陰を踏んで、湿っぽい黒土の斜面を裸足で歩いた。 イタドリの赤茶げた斑もようの茎を縫って歩き、四肢を黒土の斜面に押し付けて、肩を高くした。 鼻先を天に向け、夏の香りを深く嗅いだ。  目を閉じても、感じられる光がある。 それを追い求めるうちに、私は耳をピンと立て、影の囁きを隈無く聴いた。  見上げれば、イタドリの葉は空を隙間なく埋めており、重ねた葉の天井から、幽かに漏れ出る丸い光は、まるで昼真に瞬く星のようだ。 庭先の柿の木からは、蝉の鳴く声が聞こえる。 さらに耳を澄ませば、私の天に掲げる三角のアンテナは、立派に耳の役割を果たし、藪の中を掻き分けて震える、私の名前を聞き分けた。 嗄れた声が風に乗り「エミや、おいで」と言っていた。  本当はもう少しだけ、葉の天井に映る、真昼のプラネタリウムを鑑賞していたかったのだけれども、それをさせない理由が首もとで揺れた。 ピンク色の合革の首輪が、家猫であることを強く主張し、真鍮の鈴の音が、私を家路へと導いてくれた。  庭のはずれの、山裾に面したイタドリの斜面で、葉の天井に星を見る、仄かに青みがかった短い毛並みの黒猫、それが私。 四歳になる雌猫で、名前をエミという。 飼い主は、佐藤商店のお婆さんだ。
/20ページ

最初のコメントを投稿しよう!

8人が本棚に入れています
本棚に追加