黒猫のエミ

4/20
8人が本棚に入れています
本棚に追加
/20ページ
マタタビを与えておけば、全ての猫が無条件に喜ぶだなんて、人間の考えるエゴだというのに、こと、私が喜ぶ素振りも見せずに、マタタビの枝を素通りしてみせると、お婆さんは一方的にがっかりと肩を落とし、手前勝手な希望に爛々と輝くその目を、失望の鈍色に変えてしまうのだ。  そんなものだから私は、──特に冬のすきま風に凍える夜などには、お婆さんの膝の上に乗って、刺繍用の丸い木枠に飛び付いてみたり、テーブルの上に置かれた手芸雑誌に、わざとに乗っかってみたりして、なるべくお婆さんに、猫の現実はこうであるのだと理解させ、手前勝手な妄想深い羨望に、断りもなく失望しないようにと、行動を以て示してあげた。 そして、そのような現実を直視するお婆さんはというと、決まって目を細め「まあ、元気の良いこと」という、その言質をとれば、今度は、かえって気の済むまで、私は元気良く昼寝を決め込み、大きな欠伸をして見せ、店のレジの脇にある、タオルの引かれたざるの中に、柔らかにしなる躰を丸めたものだ。  お婆さんの営む佐藤商店は、村で唯一の商店であり、近隣の同業の店舗はというと、車で30分の距離にあるスーパーであった。 近隣住民の、年老いた常連客の皆様は、特別な理由の無い限り、佐藤商店の猛烈な支持者である。 独裁的とでも言おうか、先導的とでも言おうか、ここいらには、他に物が買える店がないのだ。 はなから、客に選択肢など残されていない。 自由度の乏しい村であった。  昔は村にも、佐藤商店のほかに、酒屋と自転車屋があったそうだが、私がこの家に来る随分前に、店をたたんでしまったらしい。 特に、酒屋が店をたたんでからというもの、村で酒を販売する商店がなくなってしまったために、村の酒好きの男たちは、晩酌の手配に苦労した。  この時ばかりは、不断は出不精な村の酒好きの男たちも、晩酌のためになら、と曲がった腰を持ち上げたものだ。 細い田舎道を、軽トラックの頼り無いサスペンションの抗議の声と、のろまなシフト捌きを存分に披露して、遠く離れた街にまで、ふらり、ふらり、と出向いて行き、止めておけば良いものを、せっかく街に出たのだからといって、あれも、これも、と欲を出し、買い足してしまうものだから、結果として、冷蔵庫にしまうには途方に暮れてしまうほどの荷物を、年寄りが月に何度も買い出しに行くこととなった。
/20ページ

最初のコメントを投稿しよう!