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「ああ。誤って海に落ちたとか、自殺したとか色々言われたが、結局分らなかった」 「しかし」  中島は首を捻った。  「しかし、一体何で今頃、相原がここへ来るんだ」  北村は腕組みした。  「分らない。何をしに来るのか……。総理に何か言いたいのか」 (死んだ筈の人が来る?)  二人の会話を呆然と聞きながら、史乃は思った。 (ありえない) 史乃は首を捻った。 (幽霊? それにしちゃあ、現れ方が現実的だし……) 「危険だな!」 立ち尽くす三人の背後から、千藤が割って入った。 「危険だな。あいつ、板垣さんをまた刺そうっていう積りかも知れねえぞ」 この一言に、中島、北村の両名は、目が覚めたように色めき立った。 「大変だ。のんびりしている場合じゃないぞ」 「何かコトになるとまずい」 「腕っ節の強い党員を、集めておいた方がいいな」 「警察にも、連絡しておくか」 「待て」 口々に叫ぶ二人を、千藤が右手で制した。 「警察は、いかん」 千藤は咳払いをした。 「警察に頼ってはいかん。ここは公権力とは一線を画する政党本部なるぞ。警察だけは呼ぶな」 「は……はい」 二人の若者は、箸を投げ出し、室外に駆け去った。 後に残ったのは、史乃と千藤だけである。  千藤は眉をしかめた。 「全く、騒ぎおって。騒いだからといって、いいことは何もありゃせん。これだから若い者達は困るんだ」 苦虫を噛み潰すような口調である。 「でも、死んだ人が尋ねてくるなんて。そりゃあ誰だって、吃驚しますよ」 史乃は顎に手をやった。 「相原さんは、確かに死んだんですか? 何か、証拠でも?」 「証拠か。証拠はないがね」 千藤は、口元を僅かに歪ませた。 「相原は確かに太平洋上の船の中で消えた。誰も消えた現場は見ていないが……。ただ、相原の墓は奴の故郷に建っている。私が遺族に墓代を援助してやった」 「えっ。千藤さんが相原さんのお墓代を? 相原さんは板垣さんを刺した、悪い人なのに?」 千藤は頷いた。  「まあ、な。あいつは確かに板垣さんを刺した悪漢だが、出獄後にわざわざ謝罪に来たのは天晴れな志だ。そこを買ってやったのさ」  史乃は首を傾げた。  「でも、何故今、死んだ筈の相原さんが再び訪ねて来るんでしょう。本当に、危険なんですか」
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