記憶の海の底へ

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「ラブレターで言った通りでしょ? 最後は俺がもらってやるってさ。」 剥き出しのままの唇に 小指で媚薬を刷り込み 残りの布で唇も被った。 「やっと手に入れた。」 ふっと息をもらしてから タバコに火を着けた。 「記憶の海は宇宙より深いから 油断すると溺れるんだよ。」 高笑いをしながら 既に中身のあった隣のボックスへ話かける。 「覚えてる?湯島先生だよ。 僕の七絵ちゃん。」 そして今度は七絵のボックスを叩いて ゲラゲラと笑い出した。 「手紙の返事覚えてますよ。 未成年じゃなくなったら考えるね。」 約束は果たしてもらいましたよ。 記憶。 無くしてなんていないんだから。 今夜 あそこで会えたことも 偶然じゃないよ。 だいたい同じペースで 待ち合わせしていること。 七絵ちゃんが お酒好きだってこと。 実家じゃなくて 1人で暮らしているマンションのことも。 み~んな 知ってるんだ。 では ルームメートを紹介するよ。 「七絵ちゃん覚えてるかなぁ? これから一緒に暮らすお隣さんは 同級生だった 絵里ちゃん。 もうひとつむこうは ほら ロッジで別れた時の 美咲ちゃん。」 みんなと仲良くしてよね。 和哉は冷蔵庫から取り出した 鶏肉の塊を アクリルボックスの横にある 同じサイズの円柱型の水槽へ 放り投げる。 「あと これがピラニア君ね。」 数引きのピラニアは肉の塊を あっという間に刻み食した。 さてと 次は。 誰と記憶の海に溺れようか。 所々鍵盤の折れた ピアノのように。 記憶の波が不定期に 高く弾んだり 深く沈んだりして 押し寄せる。 「クククク…。」 天井までレースのカーテンを上げると ライトが写すシルエットが浮かび上がる。 アクリルのコレクションボックスの中で 木の椅子に固定された骸と 蠢く魚影。 計画が計画通り実行したあとは 情熱が灰になる。 和哉は この感覚を 一番嫌った。 次の誰かに 視界が奪われるまで 親指のササクレを 人差し指で削りとりながら。 ただ ただひたすらに 記憶の海をさ迷う。 「あのこに…。決めた。」 まずは背景を造りながら 新しいボックスを 用意しなくちゃ。 完
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