薄氷(うすらい)まとう姫君

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 清香は、生贄として酒呑童子に捧げられた人間だ。  大江山のふもとに築かれた村の、村長の末娘であったらしい。  酒呑童子自身は生贄など求めていなかったのだが、勝手に酒呑童子を恐れた村の人間が、生贄をささげれば村の安寧は保たれると、勝手に思い込んだらしい。  そこで白羽の矢を立てられたのが、清香であった。  詳しい事情は酒呑童子も知らないが、清香は村長の娘でありながら、満足な暮らしをさせてもらえていなかったらしい。  今にも折れそうな足で大江山を登ってきた清香の体はみすぼらしいほどにやせ細り、今は美しく整えられている黒髪も、まるで蓑のように荒れていた。  だが酒呑童子は、そんな清香に惹かれた。 「……お前は、醜くなどないと、何度言えば分かるのだ」  表情をなくし、絶望だけをたたえて。  それでもその漆黒の瞳は、美しかった。  酒呑童子の魂を、吸いこんでしまいそうなほどに。  気付いた時には湯浴みをさせ、衣を整え、人間の食事を与え、傍に置いていた。 「それとも清香は、俺の言葉が嘘だとでも?」 「そんなこと……っ!!」  おとなしく抱かれていた清香がはじめて暴れる。  勢いよくあげられた顔には、傷ついたような表情が浮かんでいた。  もうひと押し。  清香にそんな表情をさせているというのに、酒呑童子は口元に薄く笑みをはいた。 「では、清香は俺のことが嫌いか?」 「いいえ、いいえ……っ!!」  キュッと、清香の小さな手が酒呑童子の着流しを握りしめる。  大切な時期にろくに食べていなかったのか、清香の体は人間の女としても小柄だ。  そんな清香が必死にすがりついてくる様は、酒呑童子の庇護欲をそそる。
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