薄氷(うすらい)まとう姫君

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「清香?」  出会って、五年。  ようやく体にも肉がつき始めて、宮殿の中を自由に歩き回っても熱を出さないようになってきた。  それでも后として夜の務めを果たすに耐えるまで体はできていないから、酒呑童子はまだまだゆっくりと、清香の成長を待っている。  本来、そんな気遣いをする必要などまったくない立場にいる自分が、誰に強いられることもなく、そんなことをしている。  それくらい自分は、清香におぼれている。  その想いが実を結び始めたと、ようやく最近実感できるようになった。 「……好き、です」  吹く風にかき消されてしまいそうなほどささやかに、だが愛しい声で確かに、その言葉が聞こえる。 「お慕い……申し上げて、おります」  視線を下げれば、清香はまっすぐに酒呑童子を見上げていた。  上気した頬のまま、淡く笑みを浮かべて。 「……そうか」  酒呑童子は満足そうな笑みを浮かべると、笑みをたたえた清香の唇に軽く口づけを落とす。 「では、今晩付き合え。  ……あの杜若の衣を着て、酌をしてほしい」 「わたくしに、似合いますでしょうか?」 「似合うに決まっている。  お前のためにあつらえさせたものだ。  お前に着てもらわなくては困る」 「……はい!」  笑顔を顔いっぱいに広げた清香が、嬉しそうに酒呑童子の胸の顔をうずめる。  そんないじらしい后に瞳を細めながら、酒呑童子は清香に与えた対の屋の寝殿に入った。
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