薄氷(うすらい)まとう姫君

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「キヨ」  突然現れた姫に勅使が驚く中、先に口を割ったのは酒呑童子の方だった。 「終わり次第使いをやるから、対の屋に下がっていろと言っただろう」  局(つぼね)ではなく、対の屋。  一つの寝殿を丸々与えられているということは、彼女は酒呑童子に仕える女房などではなく、血族の娘か、もしくは酒呑童子の后ということになる。 「それに、この間与えた衣はどうしたのだ。  今の季節に合う杜若の襲を届けたばかりだろう。  ……気に入らなかったのか?」  不機嫌そうに口元をゆがめていた酒呑童子が、次第に表情を変えていく。  その様は鬼の首魁という立場に似合わず、不安がっているようにも見えた。 「いいえ。  とても立派な御衣裳でございました」  酒呑童子に言葉を向けられた姫は、居住まいを正すと深く頭を下げる。  その姿だけ見れば、この姫は酒呑童子に仕える女房のように見えなくもない。 「ではなぜ、袖を通さない。  お前がいつも纏うのは、最初に与えたその氷の襲だけではないか」 「私のような下賤の者には、この御衣裳だけでも過ぎたものでございます」  この姫と、鬼の頭との関係が分からない。  勅使は二人を交互に眺めながら、内心だけで首をかしげる。
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