薄氷(うすらい)まとう姫君

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 ……この姫は、人、なのだろうか。  それとも、酒呑童子と同じ、化生なのであろうか。 「どうかこの地を、  人間の手で汚さないでくださいませ」  勅使を見据える漆黒の瞳は、  酒呑童子の銀の瞳よりもずっと、  底知れない闇をはらんでいる気がする。  そう思い至った自分に、勅使の背筋がゾッと怖気だった。 「……勘違いさせておいても良かったものを」  瞳の色も髪の色も自分と同じ黒で、  その肢体は、組み伏せてしまえば、  儚く消えてしまいそうなほどにか細い。  それなのに自分は、  明らかに鬼と分かる酒呑童子よりも、  この姫の方を、  ずっと恐れている。 「それでキヨの生きる世が、  平穏であるのならば」  上座で言葉を聞いていた酒呑童子は、小さく溜め息をつくとおもむろに姫に近づいた。  そのまま抵抗する暇を姫に与えず、細い体を軽々と抱き上げる。 「と、いうわけだ。  さっさと山を降りろ。  この宮は正真正銘、鬼の住処だ。  ここで一晩過ごすよりも、  夜の山を狼に気をつけながら下りた方が、  まだ命の保証ができる。  それに」  姫を抱いたまま廊へ続く几帳を払った酒呑童子は、チラリと視線だけを勅使に向けて妖艶に微笑む。 「この宮の唯一の人間である俺の后は、  鬼である俺達よりも人間を嫌っている。  俺は自分の后の手を、  薄汚い人間の血で染めたくないのでな。  ……とっとと失せろ」   それだけを言い放つと、酒呑童子は宮殿の奥へと消えていった。
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