少女N

他県へお引越し

ある日の少女Nの記憶。
これは相当鮮明だったらしい。

少女Nの母親がパートで外出していた日。
彼女の父親は居酒屋の調理長だったため、勤務が夜だった。
Nの兄はとうに保育園へ登校していたが、Nは保育園に行きたくなかったらしい。
ー保育園へ行くようになっても、彼女は同じ組の女の子にイジメにあっていたらしいー
彼女は父親に、
「保育園に行きたくない」
と伝えた。
少女Nの父親が鬼と化す瞬間。
父親の恐ろしい形相に、彼女は思わず逃げた。
ダイニングの机の下に
縮こまって怯えた。
追いかけてくるNの父親。
おもむろに机の椅子に座ると、
机の下にいるNを蹴りつけてきた。
執拗に、何度も何度も…
相当怖かったらしい、当たり前だが。
彼女は二階へ続く階段へ走り、
駆け上がった。
少女Nの記憶はここで途切れている。
ただ、パートから帰宅した母が
「どうしたの？！」と動揺していたことだけはその後の記憶に残っているらしい。

後に彼女の母親が、
母親の両親(少女Nの祖父母)に
「パートから帰ったら、
Nが毛布に包まってガタガタ震えてたんだよ！何事があったかと思ったらNが話してくれて…
真夏に毛布頭から被ってて、暑かったろうに…」
と説明していたのを聞いて、
自分のその時の状況を理解したとのこと。

恐怖の条件付け、罰学習。
それから少女Nは、怒鳴る男の人や
戯れて遊んでいる間に手を振りかざされると
反射的に身構えるようになっていた。
ぼくも知っている。