校門にて。

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ようするに、日本のマスコミや、週刊紙の記者達が嫌いだってこと。 なぜかって? あの人達私達が調子が良く、オリンピックでメダルとか取れそうな時や、世界選手権とかで好成績残したりすると、こぞってちやほやしたりするのに、ケガしたり調子が悪く、メダルが取れなかった時なんか手のひら返してバッシングしたりするから。 私は、その人達に泣かされた大切な大親友の女の子を知っている。 あのときの事は、思い出しただけでもはらわたが煮えくり返ってくる。 その大親友の女の子の名前は、今、この北近畿大学の校門で来るのを待っている、木村優奈って娘。 優奈とは三歳からの大親友の仲。 私が慕うファム姉(ねぇ)が、私の所属する体操クラブに連れてきたのが初めての出合いだった。 ファム姉っていうのは、日本国籍でベトナム人のファム・ティ・レンっていう人。 私が尊敬して、ホントの姉のように慕う素敵な女性。 まあ。この事はファム姉には言ってないけど。 いつもファム姉には、世話になりっぱなしで、いつも叱れてばかりいるんだけどね。 その優奈と、大学三回生の今まで大親友の仲。 優奈とは幼稚園から、小学校、中学、高校まで一緒だった。 大学は、優奈のお父さん、お母さんが在学していたこの北近畿大学に進み、私は、推薦で入学した大阪の寝屋川市にある寝屋川体育大学にすすんだ。 高校の卒業式の時。 優奈は私に抱きつき、赤ん坊のように、ワンワンと泣きじゃくった。 私も一緒に泣いた。 優奈とは、楽しい時、悲しい時、つらい時、ずっと一緒だったから。 まあ。大学が違うだけで、家はすぐに会えるほど近所なんだから、大袈裟にするほどでもないんだけど。 でも、優奈にとっては、ものすごくつらい事だったんだと思った。 その優奈。 器械体操の選手としては、オリンピックに出て、メダルを取れる程の選手だった。 何せ、私の永遠のライバルなんだから。 でも、アテネオリンピックの選考会の時。 優奈のやつ、体調不良でミスを連発して、オリンピックの代表選手を逃しちゃったのよね。 あの時の優奈ってば、体調不良なんてレベルじゃなかったのよ。 顔は笑顔だったけど、中身は最悪だったみたい。 生理痛が物凄くひどく、しかもひどい下痢が続いていたそう。 それだけでも最悪なのに、熱が38度もあったらしく、立っているのが、不思議なくらいだったって。 あの娘に聞いたら、トイレで何回か吐いたらしい。
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