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──漆黒の矢が僕の耳を半分切り裂いた。
その傷口から薄桃色の『正の力』が抜ける、とても嫌な感触を我慢して倒木を超えてその影に身を隠した。
「なんてこったい……なかなかやる奴だった!」と、流石にそんな声を出していられる余裕も無い。これは、命をかけた戦闘なのだ。敵は、すぐそこにいる。
僕は、自らの『正の力』で錬成した刀の柄をぎりりと握りしめる。この心情世界には手汗など存在しないが、俺の体を機能させる『正の力』が過剰に体内を巡るのを熱いと感じるほどに緊張していた。
「────っ!」
刹那の空間の震えを察知し、僕は経験則で反射的に右へ飛び、転げた。
直後の轟音、幅三メーターはあろう倒木を、紫炎の大剣が真っ二つに焦がし切って、僕が隠れていた場所をも飲み込んだ。──生死紙一重の世界には、どうも慣れない恐怖があり、それが僕に油断を許さない。最も、油断しようとなんて緩慢な心構えで挑める、現在の相手では無い……。
「っく、ぉ、届くのか?ふざけて、やがるっ……!」
そこから、その紫炎の大剣は獲物を探すように、倒木を勢い良く新一文字に焦がし切り始めた。僕は、それに背を向けて走って逃れる……が、倒木の根元のあたりから二個目の紫炎の剣。嘘だろ、と内心叫ぶが最早数秒の猶予も無い。距離をとってそれから逃れようとも間に合わない。
ダメだ。相手が──『概念負』が強すぎる。
その恐怖に犯された感想は、決して諦めではなかった。それは、死のリスク対する僕なりの決意。怖いが、これで死んだら仕方ない、そんな気持ちだった。人間の心情としては『異常』ではある、が、僕は人間ではないのだ。そして、その『異常』の中でもまた『異常』だが。
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