八月九日

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自分のサンダルが立てる音さえ耳にまとわりつく。 強烈な陽射しがアスファルトを灼く匂い。 首筋を、背中を、絶え間なく汗がつたう。 必要以上に敏感な五感は、コダマにひとときの安らぎも与えない。 夏休みの解放感も、いつまで続くかわからない暑さに塗りつぶされそうだ。 コダマは、古い我が家のひんやりとした玄関に足を踏み入れた。 祖母のサクが水浴びをしているのだろう。 微かな水が弾ける音を聞きながら、ようやく深く息を吐き出した。 「ばあちゃん、サクばあちゃん?」 コダマの呼ぶ声に、サクが風呂場から応えた。 「おやつは戸棚にあるよ。ああ、コロッケは食べちゃダメだ、それは夕飯だからね」 うっかり手に取ってしまったコロッケの一つを、コダマは既に胃に収めていた。 ついでに腹持ちの良さそうな和菓子を一つ二つと頬張る。 汗ばんだシャツを着替えようと脱衣所へと向かった。 サクはコダマには甘いが、だらしなく散らかすのを嫌う。 洗濯機の蓋を持ち上げようとして、こだまは何かに気づいた。 赤くて縞のある、丸い艶やかな小さい石。 サクがいつも身につけている首飾りが、棚に置いてある。 『サクばあちゃん、それ、コダマにちょうだい』 『いつかはやるよ、でも今じゃない。これに触ってはいけないよ』 そんなやりとりをしたのはいつだったろう。 コダマは人の物を欲しがる子どもではなかったが、この首飾りにだけは何故か惹きつけられたものだ。 「ちょっとだけならいいよね」 自分に言い聞かせ、首飾りに手を伸ばした。
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