第1章

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7:30pm 待っていた市バスがようやくロータリーの向こうに現れる。 並んでいた人たちが、次々とバスに乗り込んでいく。 あんなこと、言わなくてもいいじゃないか。 田中愛美はさっきからずっと同じことを考えている。 あんな、あんなひどいこと。 バスに乗り込む。 運よく一人掛けの席が空いていたので、 少し高いそこに腰を掛ける。 バスが発車する。 観光シーズンなので京都駅はいつもより人が多い。 バスがゆっくりとロータリーを回って、 烏丸通りへと向かう。 あんな、あんなひどいこと、なんで言うんだろう。 愛美は鞄の中からごそごそと音楽プレーヤーを取り出す。 イヤホンのコードがぐちゃぐちゃに絡まっている。 もうっ。 ひとつひとつ丁寧にそれをほどいていく。 バスが有名な大きな寺の前を通過する。 この辺になると、人はまばらだ。 「愛美ちゃん、よく聞いて。 君とはもうエッチできない。 勃たないんだ」 さっき言われた言葉が頭の中でオーバーラップしてくる。 屈辱的だった。 悔しい。悔しい悔しい悔しい! 確かに去年より5キロも重くなった体重のことは認める。 お腹まわりもやばいことになっている。 でも・・・・ バスが五条通りへと入っていく。 でも、でも、あんなひどい言い方って、あるだろうか。 ほどけきらないコードをそのままに、 愛美は音楽プレーヤーで志麿参兄弟を探し出す。 もう一人の彼氏に奨められたアルバムに、 この1曲は入っていた。 「超渋いんだよだから!俺、前からファンだけど、 何気なく家具屋に行ったらその人達のCD置いてあって。 で、あ、いいっすよねこれー。て言ったら まさかのご本人でさ!」 興奮気味に浅野雄一はそう話していた。 「ふーん。でも私、レゲェとかヒップホップはもう 卒業したしなぁ」 「この人たちは違うから!まなみー1回聴いてみろって!」 「えー時間があったらね」 「んだよ感じ悪いなぁ。じゃあ俺聴こ」
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