第1章

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・・・バスの中はとても静かだ。 みんなスマートフォンを片手に、能面みたいな顔で なにかを見ている。 本を読んでいる人もいる。 窓の外を眺める。 多くの車が、みな同じ方向に向かって走っていっている。 みんな、家に帰るのだ。 それぞれの家族が待つ、家へ。 そんなことを思う。 曲を「ミチノクノ華」に合わせる。 静かなイントロが流れ出す。 ふいにこみ上げるものがあって涙が静かに頬をつたう。 あんな言い方。しなくってもいい。 傷つけるつもりはないからと前置きはしたけど、 私は十分に傷ついている。 人は自分の考えもしないところで 他人を無意識に傷つけてしまっている。 私もそうしないように努めてはいるが、 傷つけてしまうこともある。 ・・・のり君とはもう終わりだ。 6つ年上の彼はとにかく優しかったが いつも子どものことを考える、優しいパパだった。 ギターが好きだった。 別れよう。 曲が終わってしまったので1曲リピート設定にし、 もう一度再生ボタンを押す。 静かなイントロが流れ出す。 【今日も安らかに眠れますように。 今日昇ったおてんとさんと、 今日食った飯と、 今日出会ったあなたに感謝します。 おおきに】 涙が流れ出す。 今度はうまくいくと思ったのに。 バツイチでもいい。 結婚できると思ったのに。 こんな風に終わりがくるとは思わなかった。 こんな風に屈辱を受けるとは思わなかった。 雄一からプランの通知が届く。 「今日家いっていい?」 運転手が次のバス停をアナウンスする。 降車ボタンを鳴らす。 静かにバスが降りる停留所に到着する。 完
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