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「さ、させっかよ。辰美はなぁ、辰美は、世界一周する奴なんだよ。お前みたいなわけわからんやつに手渡してたまるか」
斬られた傷口がズキズキと痛んだ。出刃包丁にはガクガクと震えた。恐怖に握りしめた拳はほんの少しで開いてしまいそうなほどブルブルしていて、
「俺なんかより、俺なんかより有望な奴なんだよ。小難しい本とかスラスラ読めるし、勉強だっていっつもいい点数とれてるし、美人だし」
悔しい泣きしたくなるほど、奥歯を噛み締めて、釣り合わない自分と重ね合わせていつのまにか、いつのまにか、
「好きになった奴を守るんだよ!! バカヤロー!!」
おおっと拳を振り上げる。振るわれた出刃包丁が顔の真横を通り過ぎ、頬を斬る。痛みに屈しそうな気持ちを叩きつける。拳を殴りつける。痛い、殴るってこんなに痛いでも、この痛みを辰美に味合わせなくていい、俺だけが傷つけばいい。鬼の面が一歩を後ろに下がり、包丁を構えて突進してきた。避ければ辰美に刺さる、このままじゃ刺さる。突き刺さるでも構うものかと正面きって盾になろうと立ちふさがると、どこからともなくピーッと警笛が聞こえ、大量の犬達が走り抜けてきて、そのまま鬼の面にまとわりつくと手足もろとも噛みついて、地面に押し倒す。こんな犬、この村に居たっけとかのんきなことを思っているといい加減、意識が遠のいてきた。血を流し過ぎたなとバタンと後ろに倒れ、
「良かった……」
とだけ、呟いた。
見送りは三角巾で片手を吊す形となった。見送りとは万里子、千春、そして辰美のである。あの晩の出来事はバー様に聞いて、他言するなと言いつけられて聞かされた。
俺が見た、あの鬼の面は土地に這い寄る妖怪の類で、あの儀式もそれの生贄のようなものらしい。
「え? ってことは、あのままだったら辰美は?」
「連れて行かれとったじゃろうな、お前が止めたからなんとかなったが、本当にすまんことしたと思う」
バー様が頭を下げてきたので、やめろやめろと制止する。確かにそうだけど、
「終わりよければなんとやらだろ、誰も居なくならなかったんだしケッカオーライ、オッケー牧場だよ」
とだけ言ってケラケラと笑った。あの儀式はいわゆる魔除けなのだろう。その起源はよく知らないけど、とにかく、
「な、それでよかった、で、こんだけにしといてよ」
「まぁ、そうとう恥ずかしいこと叫んでおったからのう」
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