10073人が本棚に入れています
本棚に追加
/80ページ
確かに場末のホテルには絶対あるそれは
このホテルには常備されてないかもしれないけれど
心配なら、あなたが持っていなくても
今私の鞄の中に入って――――
(――――だめだ )
そう口を開きかけたけれど、
それを告げるのは
まだこの段階では微妙過ぎる。
固まった視界の中で
彼は拾い上げたそれに袖を通すと
親指で自分の唇を拭った。
(なに? この男…)
僅かについた私の痕に目を落としつつ
「今日はここに泊まっていって
もう遅いし」
言いながらおもむろにこちらに視線を戻す。
一瞬だけ交わった視線はすぐに外れて、
奥へと移る。
(――――ちょ、っと )
伸ばされた手がドアノブを握った時、
堪らず私は声をあげた。
「………渡瀬さん…っ」
最初のコメントを投稿しよう!