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若先生のマンションからアパートまでは約15分 駅からの道のりとほぼ同じ。 あたしは一応ひとりで帰る、と言ってみた。 「従業員を遅くまで拘束して、何かあったじゃ問題だろ」 そう一蹴された。 そうだ あたし、吉川医院で働いてるんだった。 いわば若先生は雇用する側。 上司?だった 上司が部下に手を出しちゃ良くないんじゃないの? しかも何でだかわかんないし。 あたしが大武先生に憧れてるから? だから追い払いたいのかな。 そうだ そうだった そう言われてた。 若先生の後ろを歩きながら考える。 あ、アパートここ。 「ここ、家です」 そう言って指差したのは3階建てのかろうじてオートロックが付いた白い建物。 若先生はクルリと向きを変えて少しだけ戻って来た。 「ありがとうございました」 深々と頭を下げるとコツンと何かがあたる。 「あ」 目の前にはさっきあたしから奪い取った財布を掲げた粋な男。 すいません、と言いながら財布を受け取った時、手を引かれて抱き止められた。 耳元に寄せられた唇から妖しく響く低い音。 「お前、名前負けしてねぇな」 「えっ?」 あたしの返事が早かったか、若先生が動いた方が先か。 顔をずらしてあたしの目の前へ。
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