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「なぁ、蜜?」 いつもより低い音が耳の中に滑りこんできた。 唇が触れるか触れないかのくすぐったさに少しだけ身を捩る。 かかる吐息がセリフの濃度をあげていく。 「後でな」 眼を細めて笑うその顔は、前にも何度も見た。 男のクセにへんに艶っぽくて、クラクラする。 しかし、なんて事を言うんだ。 きっと今、真っ赤な顔をしているであろうあたし。 ウォークマンをもう片方の耳にもセットしてペットボトルの中身を少しだけ口に含んで飲み込んだ。 ゴクリ、という音が鮮明に聞こえる。 走り始めて、さっきのセリフがリピートされる。 音楽を流すのを忘れていて、慌ててスイッチを入れた。 だけど…… 音に乗って走り出すと止まらなくなる。 すぐに回路は遮断されて、思考は走る事で埋めつくされた。 この時ばかりは、単純な思考回路にお礼を言いたい。 走り続け、ふと気付いてタイムを確認するともう90分を回った頃だった。
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